報道記事

静岡県弁護士会通信Vol.12(平成27年冬号)より

袴田事件のことが、静岡県弁護士会通信Vol.12(平成27年冬号)に掲載されましたので御紹介いたします。

静岡県弁護士会通信Vol.12(平成27年冬号)静岡県弁護士会通信Vol.12(平成27年冬号)

袴田事件から刑事司法の改革を(再審・えん罪・無罪へ)

袴田事件弁護団事務局長 弁護士 小川秀世

1.再審開始決定と劇的な釈放

再審開始決定後の記者会見2014年(平成26年)3月27日,袴田巌さんは,逮捕から48年目に劇的な形で釈放されました。静岡地裁は,有罪の決め手となった証拠である5点の衣類について,「警察によるねつ造の可能性」を認め,「国家機関が無実の個人を陥れ」たものであるから,これ以上拘置を続けることは,「耐えがたいほど正義に反する」と宣言して,まったく異例なことですが,死刑囚である袴田さんを釈放したのです。私たち弁護団が求めていたことではありますが,本当にこの瞬間が来るとは,皆,信じられない思いで一杯でした。
袴田さんは,現在,姉の秀子さんとともに,支援者の方たちの協力を得て生活していますが,目に見えて元気になられています。そして,もう少し時簡がかかりますが,最終的な目的である袴田さんに無罪判決が言い渡されるまで,弁護団も頑張っていきたいと思います。
静岡地裁の決定によって,袴田さんは,無罪になったわけではありませんが,えん罪であったことは,はっきりしたと言ってよいでしょう。そこで,袴田さんが,間違って死刑判決を言い渡された原因が何であったのか,少し考えてみたいと思います。

2.5点の衣類についての判断を誤った理由

袴田事件では,事件から1年2ヶ月後に,味噌工場の味噌醸造タンクの味噌の中から発見された5点の衣類が,袴田さんの犯行着衣とされてきました。ところが,この衣類が,実は,警察によるねつ造証拠だったのです。ですから,誤判の第一の責任が警察にあることは,疑いの余地はありません。
しかし,ねつ造であることは,もっと早い段階で見破ることができたはずです。それは,袴田さんの犯行着衣であるとすれば,説明できないところがたくさんあったからです。
例えば,緑色ブリーフです。袴田さんは,緑色のブリーフを,当時1枚だけ持っていました。ところが,5点の衣類の中にも緑色ブリーフが入っており,それが,袴田さんのものであるという印象を与えることになりました。しかし,実は,袴田さんの家族は皆,これで無罪になると喜んでいたのです。それは,袴田さんの緑色ブリーフは,袴田さんの逮捕の後,お兄さんが保管していたからです。ところが,裁判所は,緑色ブリーフについての家族の証言は偽証であるときめつけたのです。このときの袴田さんの家族の気持ちを考えると,胸が苦しくなるほどです。
再審になってからの裁判所の姿勢も,ひどいものでした。例えば,第一次再審の即時抗告審である東京高裁は,ズボンの下に履いていたはずのステテコの血痕の方が,ズボンの血痕よりも広い範囲に,かつ鮮明に付着していることがねっ造をうかがわせる,と弁護団が主張していたことに対して,「犯行の途中でズボンを脱いだということも考えられる。」などとして,何も不自然なことではないと強弁したのです。
強く怒りを覚えるのは,検察官が,5点の衣類がねつ造であることを示す証拠を隠し持っていたことです。検察官は,第二次再審請求の審理で弁護人の請求に応じて証拠を開示するまで,45年間,こうした証拠を隠し続けていたのです。例えば,袴田さんにはけないズボンを,裁判所が,袴田さんにはけたはずであると判断したのは,ズボンの寸法札の「B」の文字がサイズの記号とされてきたからです。ところが,検察官は,ズボンのメーカーの人から,「B」が色の記号であることを確認していながら,これを隠していたのです。検察官は,裁判所を騙してきたと言ってよいでしょう。
このような裁判所や検察官の姿勢が,結局,袴田さんを48年間も拘置させることになってしまったのです。

3.えん罪における「否定の文化」

袴田事件が誤って死刑判決を受けることになった原因は,上に述べたことに尽きるわけではありません。私たちは,まず袴田さんを無罪とすることで,完全な形で救済しなければならないのは当然です。しかし,裁判が誤った原因を放置しておくわけにはいきません。そして,第一次再審が終わるまでに,20名以上の裁判官が死刑判決に関与してきたのですから,たまたま悪い裁判官にあたったからなどと言うこともできません。そこで,なぜ,このような間違いを犯すことになったのか,それを繰り替えさせないためにはどうしたらよいのかを徹底的に調査し,改革を進めることが絶対に必要です。
日本の刑事司法制度に造詣の深いハワイ大学のデイビッド・T・ジョンソン教授は,日本でえん罪が繰り返されるのは,「警察,検察,裁判官が自らの間違いを認めたがらないという『否定の文化』」があることにありそれが,「きわめて深刻な問題」であると分析しています(「世界」2015年1月号)。「間違いをなくすためには,人は間違いを避けられないものだという認識が必要」だというのです。
1980年代に,免田,財田川,松山,島田の4つの死刑事件が再審で無罪となりました。これは,日本の刑事司法にとって,きわめて深刻な事態であったはずです。にもかかわらず,わが国では,警察も,検察も,裁判所も,どこも何も変わりませんでした。とくに,裁判所は,間違った原因を調査しようという姿勢すらありませんでした。これが,まさに「否定の文化」です。
袴田事件でも,検察官は,今回の静岡地裁の決定に対して,自分たちの過ちを認めるどころか,決定が不服であるとして,東京高裁に即時抗告を申立て,そこで次々に新たな証拠を提出し,何とか取り繕おうと必死になっています。これも,「否定の文化」に基づく行動です。そもそも,「否定の文化」のわが国では,再審開始決定に対する検察官の不服申立など,制度として認められるべきではないのです。
えん罪を防止するための制度改革について,先の法制審議会特別部会では,激論の末,ようやく裁判員裁判対象事件等一部の事件(全体のわずか2%程度と言われています。)についてのみ,取調べの全過程を録画することが決まりました。しかし,えん罪は,裁判員対象事件である殺人などの重大事件だけに生じるわけではありません。録画する事件を選ぶことなど許されないはずです。すべての事件で録画を実現することが必要です。
このような不十分な改革案に終わってしまったのは,警察や検察が,可視化によって取調べ状況がすべて明るみに出され監視されることに強く反対したからです。「否定の文化』は,制度改革において,大きな障がいになっているのです。
この「否定の文化」を変えていくためには,まず,多くの人やマスコミが,えん罪が生まれている現状を正しく認識し,声を挙げて問題にすることが,第1歩です。そもそも,静岡地裁が「警察による証拠ねつ造の可能性」を認定し,袴田さんを釈放したことは,「否定の文化」に対して断固とした態度をとるべきだという姿勢を示したと言ってもよいでしょう。そして,裁判所が,こうした大胆な決定をすることができたのは,支援者やボクシング協会などが作り出した世論の強い後押しがあったからと考えられます。世論やマスコミの力で,「否定の文化」を打ち壊し,えん罪の原因を徹底的に明らかにした上での制度改革を進めていくことが求められているのです。

4.えん罪と死刑制度

将棋を指す袴田巌さん人が間違いを犯すことは避けられないということを前提として制度が作られていなければならないということは,死刑制度について,再考をうながすことになるでしょう。そして,死刑事件のえん罪が再び明らかになったということからすると,死刑制度は認められないように思います。
誤りのない事件か否かは,区別できません。袴田事件のように,一見確実な証拠があるように見えても誤ることがあるのです。公判で自白している事件や多数の人の目の前で発生した事件だけ死刑にできるという制度も考えられないでしょう。また,そうした事件でも,責任能力の問題があるかもしれません。
結局,間違いを犯すことが避けられない,不完全な人間が作る制度なのですから,絶対的な刑である死刑制度は,どうしてもノーと言わざるをえないように思うのです。死刑制度の廃止も,袴田事件からくみ取るべき教訓なのではないでしょうか。
以上のとおり,袴田事件と静岡地裁再審開始決定は,日本の刑事司法における大胆な改革の必要性とその方向を示しているというべきなのです。