クーリングオフとは、いったん契約の申込みや締結をした場合でも、契約を再考できるようにし、一定の期間であれば契約の申込みを撤回したり、解除したりできる制度です。無条件で、すなわち「気が変わった」「何となく」等、理由を問わず契約の解除等をすることができます。
そこで本稿では、クーリングオフのうち、皆様に身近な訪問販売に着目し、重要なポイントを説明します。また併せて、特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)の規定も解説します。
1 事業者の氏名等の明示(特商法第3条)
事業者は、訪問販売を行うときには、勧誘に先立って、消費者に対して以下のことを告げなければなりません。
1.事業者の氏名(名称)
2.契約の締結について勧誘をする目的であること
3.販売しようとする商品(権利、役務)の種類
2 再勧誘の禁止等(特商法3条の2)
事業者は、訪問販売を行うときには、勧誘に先立って消費者に勧誘を受ける意思があることを確認するように努めなければなりません。
消費者が契約締結の意思がないことを示したときには、その訪問時においてそのまま勧誘を継続すること、その後改めて勧誘することが禁止されます。
同規定は、平成20年の法改正で新設された条文です。改正の背景には、高齢者等をターゲットにした執拗な勧誘・販売行為による高額被害の増加があります。高齢者等のように判断力が低下しがちで、勧誘を拒むことが難しい者について、いったん事業者の勧誘が始まってしまうと、はっきりと断ることが困難である場合が多く、結局、契約を結んでしまうケースが多発していました。したがって、被害の端緒ともいえる意思に反した勧誘行為を受けてしまう状況そのものから消費者を保護すべく、この規定が設けられたわけです。
3 書面の交付(特商法4条、5条)
事業者は、法定書面と呼ばれる書面を交付する必要があります。典型的には契約書です。
同規定の趣旨は、取引条件が不明確なため後にトラブルを起こす危険がある場合について、書面で取引条件を明らかにし、契約の申込み及び締結の段階で購入者等に交付する点にあります。訪問販売においては、購入者等が取引条件を確認しないまま取引行為をしてしまったり、取引条件が不明確であったりすることが少なくありません。後日、当事者間のトラブルが生じやすいことを考慮した規定といえます。
要件
〇販売業者または役務提供事業者に関する事項
1.事業者の氏名・名称、住所・電話番号、法人代表者名
2.契約申込・締結を担当した者の氏名
〇契約商品に関する事項
3.商品名および商品の商標または製造者名
4.商品の型式・種類、権利・役務の種類
5.商品の数量
〇商品若しくは権利の代金に関する事項
6.商品・権利の代金、役務の対価
7.代金・対価の支払方法・支払時期
〇契約の履行に関する事項
8.商品の引渡時期・権利の移転時期・役務の提供時期
〇売買契約若しくは役務提供契約の申し込みの撤回解除、又は解除に関する事項
9.クーリングオフの要件および効果
(1)書面受領日から8日間(対象により変わります)は書面により、撤回・解除ができること、その効力は書面を発した日に発生すること、違約金等を請求できないこと、既払金は速やかに返還することなどを、赤枠・赤字・8ポイント以上の活字で記載しなければならない(省令5条)
(2)クーリングオフが適用除外とされる指定品(乗用車)、使用・消費によってクーリングオフできなくなる指定品(化粧品など)、ならびにクーリングオフが適用除外とされる3000円未満の現金取引は、事業者が、これを主張するためには、その旨が書面に記載されている前提条件となる(省令6条2・3・4項)
〇売買契約(役務提供契約)の申し込み(契約締結)の日付に関する事項
10.契約の申込み・締結の年月日
〇任意的記載事項
11.瑕疵担保責任の定めがあるときは、その定め
12.契約解除に関する定めがあるときは、その定め
13.その他の特約事項
効果(特商法9条)
この法定書面が交付されなかったり、記載事項に不備があったりすると、不備のない法定書面が交付されるまでクーリングオフ期間が進行せず、いつまでもクーリングオフがされてしまう危険があります。
言い換えれば、法定書面を正確に作成することにより、訪問販売においては、消費者は同書面を受け取った日から数えて8日間以内という限定された期間内にクーリングオフをしなければならなくなります。
既に頭金など支払っている場合や商品を途中まで作っている場合は、その途中までの対価を請求できません。また、損害賠償や違約金を定めてもそれが原則無効になります。
行政上の効果
法定書面の交付義務のほか、事業者の氏名等の明示(特商法3条)、再勧誘の禁止等(特商法3条の2)、禁止行為(特商法6条)に違反したときは、業務改善の指示(特商法7条)や業務停止命令(特商法8条)、業務禁止命令(特商法8条の2)の行政処分の対象となります。
期間制限の例外
威迫や困惑行為などによってクーリングオフを妨げた場合や交付された書面に不備があった場合、または書面を交付しなかった場合にはクーリングオフ期間を経過してもクーリングオフをすることはできます。
損害賠償の制限
契約を解除した場合の損害賠償等の額の制限(特商法10条)
※クーリングオフ経過後の損害賠償額の制限条項であり、クーリングオフの効果ではありません。
クーリングオフ期間の経過後、たとえば代金の支払い遅延等消費者の債務不履行を理由として契約が解除された場合には、事業者から法外な損害賠償を請求されることがないように、特商法は、事業者が以下の額を超えて請求できないことを定めています。
(1)商品(権利)が返還された場合、通常の使用料の額(販売価格から転売可能価格を引いた額が、通常の使用料の額を超えているときにはその額)
(2)商品(権利)が返還されない場合、販売価格に相当する額
(3)役務を提供した後である場合、提供した役務の対価に相当する額
(4)商品(権利)をまだ渡していない場合(役務を提供する前である場合)、契約の締結や履行に通常要する費用の額
これらに法定利率年6%の遅延損害金が加算されます。
以上、訪問販売に焦点を当て、クーリングオフ及び特商法について説明しました。
訪問販売に係るクーリングオフといいますと、一般に、押し売りのような状況を想像しがちです。しかし、特商法の規定では、営業所等以外の場所で勧誘・契約する取引が広く訪問販売にあたります(特商法2条1項)。ご自身が行った取引・契約がクーリングオフの対象となるか、よく確認する必要があるでしょう。
訪問販売に限りませんが、とりわけ高齢者を狙った悪質なセールスが後を絶ちません。全国の消費生活センター等に寄せられる相談のうち、契約当事者が60歳以上である相談は、平成30年度には約43万件と過去10年で最多件数に達しました。超・高齢化社会が迫るなかで、この傾向は続いていくと想定されます。
不安・疑問な点がございましたら、消費者法分野に強い弁護士にご相談されることをお勧めします。