今回は、会社役員の競業避止義務と引き抜き行為についてお話ししようと思います。会社役員と言いましたが、法律上は取締役や代表取締役や監査役のことをいい、会社役員という言葉は少なくとも会社法には使われておりません。しかし、ここでは、なるべく普通の人が使っている言葉を用いて、法律用語をなるべく用いないようにしたいと心掛けています。
具体例に寄せて
難しい話だと興味が薄れますので、世間を騒がせたSMAPの敏腕マネージャー(SMAPの母とも言われる、事務員から成り上がった伝説の女史)のジャニーズ退社の時の話を題材にして、競業避止義務の「期間」をめぐるスリリングな攻防の検討をしたいと思います。ただ、これは推測の域ですので、事実は違うかもしれません。
「SMAP騒動」は、もう6年も前になるのですが、口火を切ったのはその約1年前の文春砲でした。 SMAPを単なるアイドルからバラエティやコントができるアイドルへと変貌させていき、30歳40歳をすぎてもアイドルとして活躍できる路線を敷いたのは間違いなくあの敏腕女性マネージャーでした。私はビートたけしのオールナイトニッポンが大好きで毎週録音するほどでしたが、当時アイドルの短命さをからかうトークが多く、デビュー当時SMAPも短命ときめつけており、その後の伝説のコント番組「夢がもりもり」も酷評していましたが、私は初めてみたとき、アイドルがここまでコントをやるのかと衝撃を受けました。
さて、文春記者がジャニーズの最高権力者のお姉様に初めて行うロングインタビュー中の出来事でした。「ジャニーズの後継者は私の娘であなたではない」とインタビュー中に激昂して敏腕マネージャーを呼びつけ叱責するという前代未聞の記事をリアルタイムで読ませていただきましたが、その記事を読んだとき、これは、ジャニーズ帝国は大変なことになる、あのフォーリーブスの元メンバーが敵性証人に立って話題となった文春に対するBL名誉毀損裁判において、判決でBLを一部認めたジャニーさんの汚点でさえ、全くジャニーズ帝国は揺るがなかったが、今回は崩壊していくのではないかという予感がしました。その後の顛末は予想通り。まずあの敏腕マネージャーは退職し(させられ)、その際、芸能界とは全く違ったIT家電業界に転職し、芸能界には携わらないと言っていました。
記憶では、また文春が彼女に芸能界に復帰するかどうかをしつこく聞いて、彼女が契約で1年間は芸能界に携わることはできないようになっているということを話していました。ああなるほど、競業避止義務を1年課せられたのだなと言うことが、分かりました。1年経たずしてとうとうSMAPが移籍する騒動が発生し、結局3人はマネージャーに付いていき、一人は会社に完全に残り、一人は半分独立した形になりました。
その後、独占禁止法違反で注意をうけるなど(この裏側には公正取引委員会に告発したマネージャー側の弁護士の活躍があったと推察されます)、ジャニーズの鉄壁とも言われたテレビ界支配が崩れつつありますが、その原点は、あの文春記者の目の前で呼びつけ叱責したあの記事にあったのだと思うと、人前で叱責することは、自戒をこめて、よくよくその影響を考えぬいて行うべきで、一時の感情で叱責をしてはいけない典型的な見本を示して頂いたと思います。
その後の誰に謝罪をしたか分からない伝説的な謝罪会見、すなわち、リーダーがふてくされていて本来はリーダーがいうべきだろうというセリフを草薙君が「ジャニーさんに対する感謝と木村君にこの場を設定してくれたことに感謝する」などと言わされた感ありありの奇妙な謝罪会見(他にも番組中の急遽会見だったこと、質問受け付けなし、その後芸能記者の質問なし、会社の責任者の回答もなし)も全国の視聴者の前でさらし者にして叱責したとしかいいようがありません。あれでは4人は納得できず、退社するだろうなと思いながらニュースを観ていました。
具体例から推測できる競業避止義務について
さて、マネージャーの芸能界における競業避止義務は1年とされたことを、垣間見ることができましたが、当然ジャニーズ側も敏腕マネージャー側も弁護士がつき、競業避止義務とSMAPの引き抜き防止について、話し合われたと思います。
敏腕マネージャーサイドから見れば、競業避止義務ついての契約に署名したくないに決まっています。なぜ署名したのでしょうか?これは、同意なしにSMAPを連れて出て行った場合には引き抜き行為として、莫大な損害賠償を支払わされる危険が高かったので、競業避止義務の期間を1年と限定し、その期間に十分SMAPを受け入れる準備をしようと考えたのでないかと推察しています。
ジャニーズ側の弁護士サイドから見れば、競業避止義務の期間を2年以上にしたかったと思います。生き馬の目を抜く芸能界で2年干されれば、もはやそれまで培ってきた人脈も通じることはできないし、テレビの出演率は圧倒的に減少するので、いくら敏腕マネージャーと言えども盛り返すことは不可能と踏んでいたと思います。しかし判例の傾向からすると2年の競業避止義務は非常に微妙だと判断もしていたと思います。
だから、1年の競業避止義務に期間を制限できたのは、どちらにとってもギリギリの攻防だったと思うのです。
退任後の競業避止義務の重要性
会社役員については、前回説明したとおり、会社法に明文で競業避止義務が課せられています。すなわち、会社の在任中は、取締役会の承認を得ない限り、会社と同一の業務を自ら営んだり、会社を設立したり、その会社の役員になることは、禁じられるという決まりです。
しかし、退任後は従業員と一緒で、競業避止の合意書がない限り、原則として競業避止義務を負うことはありません。したがって、退任する際には、一定の期間を定めた誓約書に署名を求めて退任後においても競業避止義務を課すことが必要です。
とはいえ、会社に不満で喧嘩別れをした場合は、誓約書に署名を求めても拒絶されるのがオチです。
では、署名を拒絶されれば、全く退任後は競業避止義務違反が問えないかというと、問える場合があります。
1つは、在任中から顧客を移転し、従業員の引き抜きをしているなどの先行する行為がある場合(千葉地裁松戸支部判平20・7・16金法1863号35頁)
もう1つは、退任後に大量の従業員を引き抜く場合(東京高判平16・6・24判時1875号139頁)
などの特段の事情がある場合には、在任中の委任契約に伴う付随義務として負う競業避止義務に違反するとされます。特に従業員の引き抜き行為については、裁判所は悪質だと考えるのが通常で、大量の従業員を引き抜いて、事業ができなくなった場合は、粗利ベースで2年4ヶ月分の損害賠償を負わせた判例もあります(東京地判平28・6・2)
役員の離脱はまだしも、従業員の引き抜きは、会社から見ると単にマイナスが増えただけでなく、競合会社に得意先を奪われるので、差が2ずつ増える計算になり、自由競争の範囲を超える行為で、背信的かつ悪質的だと考えられます。
そう言う点ではSMAPの敏腕マネージャーは、とても良く考え抜いた人であり、あの人を失ったことがジャニーズ帝国の終わりの始まりであったのではと思います。
逆の立場において大切なこと
逆に貴社が、他社の退職従業員や役員を雇用したり役員をして迎えたりする際には、競業避止義務の合意書に署名していないか、聞き取ることは必須です。これを忘れてその人から企業秘密を提供され、これ目当てに採用したら、後で貴社もその採用者と一緒に共同不法行為として莫大な損害賠償を受ける事がありうるので注意が必要です。