弁護士コラム

離婚に伴う年金分割制度と年金制度の概要

夫婦の離婚について考える時、ほとんどのケースで財産分与が問題となるかと思います

夫婦の婚姻期間中に築いた財産については、夫婦が共有で持つべき、つまり夫婦共有財産であるとされています。所有名義が夫婦のどちらか一方であったとしても、婚姻期間中に築かれたものであれば、もう片方の貢献があったとみなすというものです。

そして、この夫婦共有財産には、年金も含まれます。ですから、離婚の手続きの際は、婚姻期間中の年金(正確には年金保険料の納付実績)もきちんと分割する必要があります。

0.目次

1.そもそも、年金はどのような仕組みになっているのか?
(1)国民年金
(2)被用者年金(=厚生年金)
(3)企業年金等

2.離婚と年金分割
(1)分割の対象となる年金
(2)何を分割するのか
  ・婚姻前の納付記録は対象外
  ・離婚後の納付記録も対象外
  ・「婚姻期間」には、離婚までの別居期間等も含む
  
3.厚生年金保険料の仕組み

4.厚生年金の受給額が決まる仕組み
(1)厚生年金の歴史に基づく給付形態
(2)特別支給の老齢厚生年金
(3)厚生年金本支給部分の仕組み
  ・報酬比例部分
  ・経過的加算
  ・加給年金
(4)小括

5.年金分割制度の種類
(1)請求期限
(2)分割割合の決定方法
(3)合意分割と3号分割の関係
(4)納付記録情報の入手方法

6.年金分割に伴う厚生年金の受取額
(1)シミュレーション
(2)総額を基にしても、ある程度予測ができる

7.まとめ

1.そもそも、年金はどのような仕組みになっているのか?

日本の現行年金制度は、大きく分け3つの構造から成っています。

(1)国民年金

20歳以上60歳未満の全国民が強制的に加入を義務付けられている年金。国民年金加入者のうち、厚生年金には加入しておらず、厚生年金加入者の被扶養者等でもない人たちを第1号被保険者という。

(2)被用者年金(=厚生年金)

民間企業や官公庁等に雇用されている方が加入する年金。年金制度のいわゆる”2階部分”。国民年金加入者のうち、被用者年金にも加入し、保険料を納付する人たちを第2号被保険者という。


※平成27年9月30日までは、被用者年金の中に「厚生年金」と「共済年金」がありました。厚生年金が民間企業、共済年金が公務員や教職員等に該当していましたが、平成27年10月1日付けで改正関連法が施行され、厚生年金に一本化されました。また、共済年金には、年金制度の2階部分に加え、独自の3階部分として「職域加算」と呼ばれるものがありましたが、改正関連法の施行に伴い廃止されています。なお、廃止に変わって設けられた制度として「年金払い退職給付」というものがあります。詳しくは「企業年金等」の枠組みで説明します。

(3)企業年金等

企業がその実情に応じ、従業員を対象に実施する年金制度。年金制度のいわゆる”3階部分”。企業年金等に該当する年金制度は複数ある。

  • 国民年金基金

自営業やフリーランスの方など、第1号被保険者が加入対象である年金。厚生年金に代わる2階~3階部分に相当するが、加入は任意。65歳から一生涯受け取れる終身年金が基本で、年金額は掛金額により確定する。掛金額は加入時に設定し、原則払込期間終了まで変わらない。

  • 厚生年金基金

母体会社とは別の法人として基金を設立し、基金が年金資産の管理・運用・給付を行う。厚生年金の給付の一部代行を行う代行部分と、会社が独自で上乗せ給付を行う加算部分からなる。

  • 確定給付企業年金

企業と従業員が規約などであらかじめ給付額を取り決め、従業員が退職後にその給付を受けるもの。企業が、外部機関である保険会社や信託銀行などと制度的な契約を結び、その上で制度を運営するの「規約型」と、厚生年金基金のように、母体会社とは別の法人を作って運用する「企業基金型」とがある。

  • 確定拠出年金

加入者ごとに拠出された掛金を加入者自らが運用し、その運用結果に基づいて給付額が決定される年金制度。掛金額(=拠出額)が予め決められている(Defined Contribution)ことから、通称DCと呼ばれている。企業つまり事業主が掛け金を拠出する「企業型DC」と、個人で加入し本人が掛け金を拠出する「個人型年金(通称iDeCo)」とがある。

  • 年金払い退職給付

共済年金の独自の3階部分であった「職域加算」の廃止に伴い設けられた制度。職域加算は「賦課方式」といって、現役世代の支払う保険料によって年金受給者を支えており、受給者が存命の間は支給され続ける終身年金だったが、年金払い退職給付は「積立方式」に変わり、支給される年金も有期年金と終身年金に分けられている。

などがある。厚生年金基金や確定給付企業年金、確定拠出年金のうちの企業型DCは、企業が従業員を対象として補完的かつ任意に実施する制度のため、実施している企業と実施していない企業とがある。

 

このような仕組みとなっています。

ざっくりと説明すると、

  • 強制加入である国民年金による年金給付が行われ、
  • 厚生年金加入者は国民年金に加え厚生年金による年金給付が行われ、
  • さらに企業年金等に加入している場合には、それらによる年金給付も重ねて行われる。

という訳です。

年金の構造を簡易的に図で表すと、以下の通りとなります。
参照:野村の確定拠出年金ねっと『日本の年金制度』
 URL:https://dc.nomura.co.jp/business/knowledge/system.html

2.離婚と年金分割

ようやく本題に入ります。
離婚に際して年金分割を行う意義は、年金による将来的な生活の保障を厚くすることあります。例えば、婚姻期間中に専業主婦もしくは働くにしても専らパートタイムである妻は、収入が全くないか、あったとしても扶養の範囲内ということが多いかと思いますが、大多数の年金の受給額というのは収入等に応じた保険料の納付実績によって決定されるものであり、婚姻期間中の納付額が少ないと、当然将来の年金受給額は少なくなってしまいます。ですから、離婚に際して年金分割の協議をしておくことで、将来の受給額を増やすことが可能となります。

(1)分割の対象となる年金

夫婦が加入する年金全てが分割の対象となる訳ではありません。対象となるのは、下記の通り厚生年金のみです。国民年金や、3階部分に該当する企業年金等は分割の対象とはなりません。よって、もし夫婦ともに厚生年金に加入していないという場合は、年金分割は問題にならないということになります。

なお、夫婦の両方もしくは片方が婚姻期間中に厚生年金の前身たる共済年金に加入していた場合、共済年金についても分割の対象となります。

(2)何を分割するのか

「年金分割」と聞くと、「年金の受給額を分割できる」と思う方がいるかもしれませんが、そうではありません。年金分割制度によって分割できるのは、婚姻期間の厚生年金保険料の納付記録です。

将来厚生年金として受給できる額は、厚生年金保険料の納付実績によって決定しますが、婚姻期間中の納付実績を分割できるため、夫婦のうち納付実績の少ない方にとっては、他方の納付実績を自分のものとすることが可能になります。よって将来の受給額が増えることとなる訳です。

 

 

なお、重ねて説明しますが、婚姻期間中の厚生年金保険料の納付記録が分割対象となります。その上で、対象期間については以下の注意点が必要となります。

  • 婚姻前の納付記録は対象外

婚姻前から厚生年金に加入している場合、婚姻前の厚生年金保険料の納付記録は対象外となります

  • 離婚後の納付記録も対象外

同様にして、離婚後の納付記録も対象外です

  • 「婚姻期間」には、離婚までの別居期間等も含む

離婚の際の財産分与(所得による貯蓄や、婚姻期間中に共同で購入した不動産等)については、原則として別居開始時までの財産を対象とします。しかし一方で、年金分割については、別居期間も含めた婚姻期間が対象となるのが原則です
財産分与は、例えば妻が専業主婦であったとしても、夫婦の共同生活において家事を通じた貢献が夫の収入に寄与していると考えられることから、同居期間中に形成された財産についてはその分を考慮して財産分与の対象とするのに対し、別居後に形成された財産は、その経済的協力関係が終了していると解され、家事を通じた貢献などが無いとして財産分与の対象とならないとするのが一般的です。
一方で、厚生年金等の年金給付は、夫婦双方の老後等の為の生活保障という社会保障的な意義を有しています。婚姻期間中の保険料納付は、互いの協力により、お互いの老後等のための生活保障を同等レベルに形成していくという意味合いがあります。
ですから、年金分割は財産分与の一種でありながらも、社会保障的意義があるという理由により、メインの財産分与とは異なる考えが採用されていることに注意しなければなりません。極論を言えば、別居期間が相当程度長く続いた場合の離婚でも、特段の事情が無い限りは、年金分割については別居期間も含めた婚姻期間全体が対象となる訳です。そういう意味では、年金分割制度は、夫婦間の相互扶助義務に基づく趣旨であると言えるかもしれません(別居期間中であっても、婚姻費用分担金の支払義務が生じることと同様)。

ここまでの説明で、「夫婦双方の婚姻期間中の厚生年金保険料の納付記録が年金分割の対象となる」ということが分かったと思います。では、実のところ、厚生年金の支給額はどのような経緯で決定されるのか、その仕組みを簡単に説明したいと思います。
仕組みがある程度理解できれば、年金分割による将来の年金の受給額がどの程度増えるのかが試算できるかもしれません。

3.厚生年金保険料の仕組み

基本的な流れとしては、「厚生年金保険料の納付納付実績に基づいた厚生年金の支給」となります。なので、まずは厚生年金保険料がどのように決定されるのかというところを押さえていく必要があります。

厚生年金保険料は、以下の計算式で決定します。


※1…標準報酬月額とは、毎月の給料に対する保険料を求める際に利用するものです。状況に応じて複数の計算方法がありますが、主に利用される方法が以下の手順です。なお、厳密には、資格取得時決定定時決定随時決定育児休業等を終了した際の改定の4種類がありますが、最も多くのケースで利用されている定時決定を紹介いたします。その他は局所的であるため割愛いたします。

  1. 当該年の4月~6月の3ヶ月分の社会保険料対象賃金(概ね給料)を決定
  2. 3ヶ月分の社会保険料対象賃金を総計の上、3で割ることで平均の月額(報酬月額)を算出する
  3. 厚生年金保険料額表」に基づき、該当する報酬月額が属する区分を探す
  4. 対応する標準報酬月額が基本額となる

厚生年金保険料額は以下の表となります。日本年金機構が毎年度公表しています。
参照:日本年金機構『厚生年金保険料額表』
 URL:https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/ryogaku/ryogakuhyo/index.html

例えば、とある年度の4月・5月・6月の給料がそれぞれ28万5000円29万5000円30万5000円だったとします。その場合、総計は88万5000円となり、報酬月額は29万5000円(88万5000円÷3)と算出されます。29万5000円が属するのは等級19「290,000~310,000」となりますので、30万円が標準報酬月額となります。報酬月額が63万5000円以上の場合、標準報酬月額は65万円で頭打ちとなります。
標準報酬月額の定時決定は、毎年7月上旬に行われます。4月~6月の給料によって保険料が変動する可能性があります。この標準報酬月額が、後の厚生年金受給額に大きな影響を与えます。


※2…保険料率は、令和5年度時点で標準報酬月額の18.3%となっています。この保険料率は、年金制度の改正に基づいて平成16年から段階的に引き上げられ、平成29年9月を最後に引き上げが完了し、18.3%で固定されています。なお、企業年金のひとつである厚生年金基金加入員については、基金の掛け金に応じて2.4%~5%の範囲で厚生年金保険料の減免がなされています


※3…標準賞与額とは、賞与額に対応する厚生年金保険料を算定する際の元となるものです。標準報酬月額よりは計算方法が単純で、実際の税引き前の賞与額から1000円未満の端数を切り捨てて算出します。支給1回につき150万円が上限となり、税引き前の賞与額が150万円を超える時は、標準賞与額は150万円とされます。


 

4.厚生年金の受給額が決まる仕組み

対して、実際に厚生年金が支払われる段階の受給額は少し(かなり)複雑になります。

(1)厚生年金の歴史に基づく給付形態

もともと、厚生年金は会社員専用の年金で、さらには、国民年金は自営業専用共済年金は公務員専用という風に、業種に応じた縦割りの形態だったのです。それぞれが別制度として運用されていたことで、給付と負担の両面で制度間の格差や重複給付などの問題が生じていました。
国民年金が現在のように業種に関わらず強制加入となったのは、上記のような問題を解決するため1985年に制度改正が行われてからでした。国民年金を日本国民の年金制度における1階部分基礎年金)とし、厚生年金等の被用者年金を国民年金に上乗せして支払う2階部分とするようになったのは本改正に基づきます(既出ですが、厚生年金と共済年金が一元化されたのは2015年改正によります)。

ところで、1985年改正前までは、厚生年金は厚生年金で独自の仕組みを有しており、加入者の実績たる報酬に関わらず支給される定額部分と、加入期間の報酬実績に基づいて定額部分に上乗せされる報酬比例部分とがありました(共済年金もほぼ同様です)。これが、1985年改正により、定額部分は強制加入となった国民年金に吸収され、厚生年金は報酬比例部分のみを担うようになりました。

年金制度の一元化に伴う変化を図で表すと以下の通りとなります。


参考:厚生労働省『[年金制度の仕組みと考え方]第4 公的年金制度の歴史』
 URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/nenkin_shikumi_04.html

(2)特別支給の老齢厚生年金

なお、改正前の旧制度においては、厚生年金の支給開始年齢が60歳であったのに対し、国民年金は65歳でした。1985年改正に伴う新制度においては、厚生年金の支給開始年齢は、国民年金に合わせ原則65歳となりました。しかし、突然厚生年金の支給開始年齢が65歳となってしまったのでは、一部の加入者は「せっかく60歳になったら厚生年金を受け取れると思ったのに…」と思うでしょう。そこで、生年月日が一定のところ以前の加入者については、60歳になってから65歳になるまでの期間についても特別に厚生年金が受け取れるよう、「特別支給の老齢厚生年金」という形で制度を残したのです。
特別支給の老齢厚生年金は、旧制度の厚生年金を基に定額部分と報酬比例部分が支給されます。

上記に示した条件の内、「被用者年金(厚生年金または共済年金)に1年以上加入していたこと」については、本人自身が被保険者として加入していなければなりません。なので、年金分割の請求者自身が厚生年金に加入していない場合は、特別支給の老齢厚生年金は関係ありませんのでご注意ください。

(3)厚生年金本支給部分の仕組み

厚生年金は、老齢基礎年金(国民年金)とともに老齢厚生年金として65歳から支給されることとなります。
老齢厚生年金の内訳は以下の通りとなります。

経過的加算及び加給年金については特定の条件下のみ支給されます。

  • 報酬比例部分

老齢厚生年金における最も基礎的な部分となります。先に述べていますが、特別支給の老齢厚生年金における報酬比例部分の計算方法と同様、以下の計算方法で求められます。

 

上記の(A)と(B)の合計が年額となります。見ての通り、厚生年金の加入時期によって計算が若干異なります。


※4平均標準報酬月額とは、加入月毎の標準報酬月額を積算し、それを月数で割ったものです。平成14年度以前においては、受給額の計算の元となる基礎額に賞与額は含まれていません。なので、平成14年度以前の加入月数に基づく受給額計算の際は、標準報酬月額のみを用います。


※5…一方、平均標準報酬額については、標準賞与額も加えた上で報酬の総額を積算し、それを月数で割ります。



※6…報酬比例部分の給付乗率は対象者の生年月日によって変わります。平成14年度以前の期間については9.500~7.125、平成15年度以降の期間については7.308~5.481の範囲となります。なお、昭和21年4月1日以降に生まれた方については、それぞれ7.1255.481を用います。

  • 経過的加算

経過的加算とは、20歳未満や60歳以降に厚生年金保険に加入してい場合に、老齢厚生年金に上乗せして支払われるものです。
経過的加算というのは、特別支給の厚生年金の「定額部分」の計算方法と、老齢基礎年金(国民年金)の計算方法違いによって生じます。通常、国民年金の加入期間は、20歳~60歳までの40年間(月数にして480ヶ月)ですが、厚生年金については特段の加入期間の定めがありません。そのため、20歳よりも前に厚生年金保険に加入を開始している場合もあれば、一方で大学卒業後に就職するなどして、厚生年金の加入が20歳以降に行われる場合があります。

例えば、22歳に厚生年金に加入し、62歳まで働き続け加入を継続した方がいるとしましょう。その場合、厚生年金への加入期間は22歳~62歳までの40年間(月数にして480ヶ月)となります。しかし、老齢基礎年金部分の計算においては、20歳以上60歳未満の期間の保険料納付済期間が計算の元となりますので、この方の場合は38年(456ヶ月)となります。「(2)特別支給の厚生年金」で説明していますが、特別支給の厚生年金の定額部分の計算においては、20歳以上60歳未満という制限なく、厚生年金に加入していた期間(ただし480ヶ月が上限)を掛け合わせますので、定額部分の計算式を用いた場合と、老齢基礎年金の計算式を用いた場合とで、金額に差額が生まれる可能性があるのです。

ただし、重ねて説明しますが、特別支給の老齢厚生年金自体は、特定の条件を満たした60歳~64歳の方に支給されるものです。特別支給の老齢厚生年金の定額部分の計算方法は、1961年改正の年金一元化前に、厚生年金が独自に支給していた定額部分の名残となっています。

つまり、厚生年金加入者については、老齢基礎年金は少なくとも老齢厚生年金の定額部分以上の額が保障されるよう、その差額が経過的加算という名目で支給される訳です。差額が生まれる理由としては、そもそもの計算方法と、すでに説明した保険料納付済期間の考慮の仕方に違いがあるためです。

ちなみに、令和5年4月からのベースについては、仮に老齢基礎年金を満額受け取れる場合でも、

  • 79万5000円(老齢基礎年金の満額)<79万5360円(特別支給の老齢厚生年金の満額(ただし給付乗率1とする))

特別支給の老齢厚生年金の満額の方が高くなります

  • 加給年金

厚生年金の本支給を構成するもう一つの要素として、加給年金が存在します。

加給年金は、厚生年金の本支給もしくは老齢厚生年金の定額部分の支払い開始年齢になった際、一定の要件に当てはまる場合に加算されて支給される年金です。

上記に加え、対象となる配偶者の生計を維持している場合、更に受給者の年齢に応じた特別加算も存在します。
総じて、条件からしても、一種の扶養手当的な性格を持っています。
なお、離婚に伴う年金分割という側面から見ると、加給年金はほぼ問題となりませんので、詳細な説明は割愛します。

(4)小括

ここまで、厚生年金にかかる給付として基本的にどのようなものがもらえるのかというところを説明しました。なお、ここまでの説明の他にも一定の特例や優遇措置なども存在しますが、離婚に伴う年金分割制度の観点からは問題になりませんので、説明は一旦省きます。

では、厚生年金にかかる給付の基本的なものについて、小括したいと思います。

5.年金分割制度の種類

では、具体的に、年金分割制度の概要や運用の仕方はどのようになっているかを詳しく解説していきます。

(1)請求期限

前提として、年金分割は離婚に伴い自動的に行われる訳ではなく、一方から年金事務所に年金分割を請求しなければなりません。
また、その請求にも期限があり、

  1. 離婚した翌日から2年
  2. 離婚後に相手が死亡した場合、相手側が死亡した日から起算して1ヶ月
  3. 離婚した翌日から2年を超える前に分割割合を定める調停・審判を申立てた場合に限り、結果が出てから6ヶ月

となっています。

(2)分割割合の決定方法

年金分割に際しては、どのような割合で分割するのか(分割割合)を決定することになりますが、その方法が2種類あります。

  • 合意分割

合意分割とは、当事者間で分割割合を決定する方法です。その具体的な方法は、当事者間の合意または裁判手続きによる方法です。

当事者間で合意した場合には、公正証書または公証人の認証を受けた私署証書により、按分割合を明らかにしなければなりません。
裁判手続き(調停・審判・訴訟)による場合、調書等に合意内容が記録されることになります。

  • 3号分割

3号分割とは、請求者が国民年金の「第3号被保険者」の場合に適用される年金分割です
第3号被保険者とは、厚生年金や共済年金に加入している第2号被保険者の被扶養者です。例えば、厚生年金に加入している夫の扶養に入っている妻が該当します。

合意分割との大きな違いは、当事者一方の請求により当然に1:1で分割できる点にあります。合意分割の場合は、合意内容を文書により明らかにする必要がありますが、3号分割の場合はそれを必要としませんし、分割割合も一律50%となります。ただし、上記にも書いてある通り、制度開始日である平成20年4月1日以降に第3号被保険者であった期間のみが対象となります。もし、平成20年4月1日より前から第3号被保険者であった期間がある場合、その分については合意分割の対象となりますのでご注意ください。

(3)合意分割と3号分割の関係

具体例を設けつつ、合意分割と3号分割の関係性について説明したいと思います。

  • …平成10年に企業就職し、厚生年金に加入。
  • …平成12年に企業就職し、同じく厚生年金加入。
  • 夫婦は平成15年に婚姻。平成18年に妻は妊娠し、それを機に寿退職。それと同時に夫の扶養に入ることとし、以降出産、育児を経る。途中パート勤務にて徐々に復職しつつ、平成25年末まで扶養は継続。その後はフルタイム復帰し、それと同時に夫の扶養からは抜けた。しかし結局、夫婦は平成30年に離婚。

 

このような例において妻が年金分割を請求する場合、対象期間や合意分割・3号分割の適用の有無については以下の通りとなります。

 

  1. 年金分割の対象期間は婚姻期間中の厚生年金加入期間となるため、例においては平成15年から平成30年の間になる。
  2. 対象期間中に請求者が第3号被保険者として配偶者の扶養に入っていた期間がある場合、その期間の年金分割については3号分割が利用できる。ただし、制度開始日である平成20年4月以降の期間が対象となるため、本例での3号分割対象期間は平成20年4月から平成25年末までの間となる。
  3. 対象期間中の扶養外部分及び平成20年4月より前の被扶養期間については合意分割を行う必要がある。本例での合意分割対象期間は、平成15年から平成20年3月31日までの間平成26年から平成30年までの間となる。

すでに説明していますが、年金分割の請求は、一方から年金事務所に対して行う必要があります。合意分割における調停・審判等の利用は、あくまで按分割合について合意を図るための手段なだけであり、調停や審判の成立によって当然に年金分割が行われる訳ではありませんのでご注意ください。

なお、本例のように、対象期間中に合意分割対象期間と3号分割対象期間が混在している場合合意分割に基づく分割改定請求を行った場合、同時に3号分割請求をしたものとみなされます

なので、合意分割に基づく分割改定請求後に、3号分割の手続きを別に行う必要はありません。

(4)納付記録情報の入手方法

ところで、厚生年金保険料の納付による実績は、年金事務所に対し請求することでその情報を提供してもらえます。
(リンク:日本年金機構「離婚時に年金分割するとき」
URL:https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/todokesho/kyotsu/20181011-05.html

具体的には、リンク先に貼り付けてある「年金分割のための情報提供請求書」に必要事項を記入し、年金事務所に請求するという流れになります。

  • 「年金分割のための情報提供請求書」に必要事項を記入
    ※請求書様式は窓口でももらえます。
  • 必要資料として年金手帳又は基礎年金番号通知書戸籍謄本等を持参
    ※年金手帳等は基礎年金番号の確認のため、戸籍謄本等は身分関係や婚姻期間を明らかにするために必要です。事実婚関係にあった期間がある場合の提供を受けようとする場合は、事実婚関係にあったことの証明等も必要となります。
  • 請求書の提出から取得するまで約3~4週間程度がかかります。

情報通知書には、対象期間の双方の標準報酬の総額が記載されます。
(例:夫の標準報酬の総額が7000万円、妻の標準報酬の総額が3000万円 等)
上記のような例の場合に妻が合意分割の請求をし分割割合が1:1になったとすると、それぞれの総額は(7000万円+3000万円)÷2=5000万円となります。

6.年金分割に伴う厚生年金の受取額

では、最後に、例を設けて、年金分割による厚生年金の受取額がどのようになるかシミュレーションをしてみたいと思います。

(1)シミュレーション

  • 妻…60歳
  • 夫…60歳(ともに令和5年時点)
  • 婚姻期間…35年(夫婦が26歳になりたての時に婚姻したとする。妻は全期間を通じて夫の扶養に入っており、厚生年金への加入はないものとする。)
  • 夫は20歳~60歳まで厚生年金に加入(40年間)
  • 妻は20歳~60歳まで国民年金に加入(40年間)
  • 夫の標準報酬月額は全期間を通じて36万円とする。
  • 分割割合は1:1

  1. 年金分割により、夫の納付記録の2分の1を自分のものとできるため、婚姻期間中の妻の標準報酬月額は、36万円÷2=18万円となります。
  2. 妻自身が厚生年金に加入していた訳ではないので、特別支給の老齢厚生年金は支給対象になりません。支給対象は老齢厚生年金の本支給のみとなります。
  3. 報酬比例部分の計算に当たっては、平成14年度までの期間と、平成15年度からの期間で計算方法が異なります。例の場合は、26歳(平成元年)から39歳(平成14年)までの14年間と、40歳(平成15年)から60歳(令和5年)までの21年間とで計算方法を分ける必要があります。
  4. 平成元年から平成14年まで
    18万円×7.125/1000×168ヶ月(14年分の月数)=21万5460円
  5. 平成15年から令和5年まで
    18万円×5.481/1000×252ヶ月(21年分の月数)=24万8618円
  6. 報酬比例部分の合計
    21万5460円+24万8618円=46万4078円(年額)
    (経過的加算については厚生年金の期間の方が短い為関係なし)
    (参考)46万4078円÷12ヶ月≒3万8673円(月額)

よって本例の場合は、妻は年金分割によって年額にして46万4078円、月額にして3万8673円を新たに受け取ることができるようになります。国民年金にも満期加入していたので、年額79万5000円(令和5年時点の老齢基礎年金額)にプラスして厚生年金を受け取ることができるようになります。
本例のように、年金分割請求者が厚生年金未加入である場合が、年金分割による年金増加額の恩恵のマックス値となると思われます。これを元に、婚姻期間の長短、標準報酬の高低などによって経済的恩恵が変化するといった具合になります。

(2)総額を基にしても、ある程度予測ができる

「6-(5)」で、年金事務所から年金分割のための情報提供を受けられる説明をしていますが、この場合に取得できる情報は対象期間中の標準報酬の総額です。この総額をもとにしてもある程度の予測が可能です。

例として、

  • 夫婦の婚姻期間が20年平成15年度初期から令和4年度末まで、240ヶ月
  • 夫の婚姻期間中の厚生年金にかかる標準報酬総額が7200万円
    (年金分割のための情報通知書で確認)
  • 妻の婚姻期間中の厚生年金にかかる標準報酬総額が3600万円
    (年金分割のための情報通知書で確認)
  • 妻が年金分割を請求し、分割割合は1:1

という場合について考えてみます。
このケースの場合の、年金分割に伴う妻の厚生年金のおおよその増加額は以下の方法で求めることができます。

  1. 年金分割によるお互いの標準報酬総額を算出する
    (7200万円-3600万円)÷2=5400万円
  2. 妻の上り幅を算出する
    5400万円-3600万円=1800万円
  3. 上り幅を基に厚生年金の支給額を計算する
    1800万円×5.481/1000=9万8658円(厚生年金支給額(年額)の増加額)

総額をベースにして計算した場合、妻の将来的な厚生年金支給額は、この年金分割によって年あたり約9万8658円(月額の場合は約8221円)増額されることになります。もちろん、妻自身の納付記録がありますので、実際の支給額はもっと多い訳ですが、年金分割によってこの程度の経済的恩恵を受けられるということがある程度予測できるようになる訳です。

なお、実際の計算の際は、先に説明した再評価率の適用や、当事者の年齢による給付乗率の変化期間により賞与を含めるか否か等、もっと複雑になりますので、上記の金額はおおよその目安であるという点をご承知おきください。

7.まとめ

離婚に伴う年金分割は、将来の年金受給のための保険料納付(つまりは納付による実績)を夫婦共有財産と見なすもので、財産分与手続きの一種といえます。
婚姻期間の大半が専業主婦であったり、配偶者の扶養に入っていた方にとっては、年金分割を行わないと、将来の年金受給面で大きく損をする可能性がかなり高いと言えます。離婚に伴う老後の生活を安定させるためにも、ぜひ年金分割手続きを漏れなく行ってほしいと思います

なお、年金分割は、離婚事件における付随的な要素である場合がほとんどであると言えます。ですから、それらをまとめて専門家である弁護士に相談し、依頼するとよいでしょう。

当事務所においても、離婚事件については、協議による離婚の包括的サポートに加えて、各個別手続き毎のメニューを揃えていますので、ぜひご相談いただければと思います。

 

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