離婚事件においては、養育費や婚姻費用が問題となるケースが珍しくありません。
よくあるケースとしては、
- 妻が別居期間中の婚姻費用を夫に請求するものの、額に争いがある
- 離婚調停の中で、養育費をいくらにするかで折り合いがつかない
といったところでしょうか。
問題となる婚姻費用や養育費の額は、どのように算出されているのでしょうか。その仕組みを理解しておくことで、どちらの立場においても効果的な主張ができる場合があります。
0.目次
1.裁判所のホームページに算定表が載っている
2.算定表の見方
3.新算定表における「養育費」の計算方法
4.具体的な数値による養育費の算定
5.新算定表における「婚姻費用」の計算方法
6.具体的な数値による婚姻費用の算定
7.まとめ
1.裁判所のホームページに算定表が載っている
裁判所のホームぺージには、養育費及び婚姻費用の算定表が載っています。
養育費については、子の人数と年齢に応じて9種類、婚姻費用については家族構成に応じて10種類の表が作成されています。
※詳細は、下記リンク先の裁判所ホームぺージをご覧ください。
⇒「養育費・婚姻費用算定表」(裁判所ホームページへ)
算定表を確認すると、夫婦それぞれの収入に応じて、婚姻費用や養育費の額がいくらになるかが簡単に分かるようになっています。
しかし、額は分かるものの、その額がどのような計算方法で算出されるのかということまでは分かりません。
果たして算出された額が適切なのかどうかという点については、
- 可処分所得がどの程度考慮されているのか
- 子どもの生活水準がどの程度に設定されているのか
を知っておく必要があります。
もちろん、家族を取り巻く環境や生活水準は様々ですので、必ずしも算出された額が正しいとも限りません。すなわち、計算根拠となる生活水準との違いを明らかにすることで、婚姻費用や養育費の額を修正できる可能性があると言えるでしょう。
2.算定表の見方
具体的な算定方法を解説する前に、婚姻費用及び養育費の算定表の見方を説明したいと思います。
(1)該当する家族構成の算定表を選ぶ
すでに述べている通り、裁判所のホームページに載っている算定表は、養育費については子の人数と年齢に応じて9種類、婚姻費用については家族構成に応じて10種類があります。ご自分の家族構成に応じ、該当する算定表を選ぶことになります。この算定表は、有り得る全ての構成を網羅的にカバーしている訳ではありませんので、該当する家族構成がない場合には、具体的な算定方法に基づいて計算しなければなりません。
(2)算定表をもとに請求額(支払額)を確認する
算定額や支払額を確認するにあたっては、双方の総収入の把握が必要です。具体的な算定方法で詳しく解説しますが、「総収入」とは様々な控除が行われる前の収入額を指します。また、婚姻費用や養育費を請求する側を「権利者」、それらを支払う側を「義務者」と言います。
上の模式図のように、縦軸には義務者の収入を、横軸には権利者の収入を当てはめます。
そして、義務者の収入からは横に線を伸ばし、権利者の収入からは縦に線を伸ばしていきます。
お互いの線が交わったところに記載の金額が、義務者から権利者に支払われるべき費用となります。
上記手順のように算定表を確認すれば、婚姻費用や養育費の額が簡単に分かる仕組みとなっています。
3.新算定表における「養育費」の計算方法
では改めて、まずは養育費がどのように計算されるのか確認してみましょう。なお、ここで示す算定基準は、全て令和元年改正後の算定基準になります。
引き続き、養育費を請求する側を「権利者」、養育費を支払う側を「義務者」といいます。
(1)権利者と義務者の総収入を把握する
まずは、権利者と義務者の総収入(年額)を把握することになります。
サラリーマンなどの給与所得者については、源泉徴収票に記載のある「支払金額」がそれにあたります。
自営業者の場合は少し複雑ですが、確定申告書上の「課税される所得金額」に、以下のものを加算した額が総収入とされます。
①現実に支出されていないもの
- 「雑損控除」
- 「寡婦、寡夫控除」
- 「勤労学生、障害者控除」
- 「配偶者控除」
- 「配偶者特別控除」
- 「扶養控除」
- 「基礎控除」
- 「青色申告特別控除額」
- 「専従者給与額の合計額」
これらは、もっぱら税法上の控除項目であり、現実に支出があった訳ではありません。そのため、「課税される所得金額」にそれぞれの控除額を加算していきます。
なお、「専従者給与額の合計額」については、現実に支出していない場合には加算する必要があります。
②算定の過程で標準額が既に考慮されているもの
- 「医療費控除」
- 「生命保険料控除」
- 「地震保険料控除」
これらの控除については、基礎収入の算定の過程で、標準的な医療費が考慮されることになります(詳しくは後程言及します)。ですから、総収入を把握する際に考慮する必要がありません。
よって、これらも「課税される所得金額」に加算する必要があります。
③養育費や婚姻費用の支払に優先するとは考えられないもの
- 「小規模企業共済等掛金控除」
- 「寄附金控除」
これらは、現実に支出があったことにより得られる控除ですが、これらの支出が養育費や婚姻費用の支払に優先するものとは考えられませんので、「課税される所得金額」に加算するべきと考えられます。
このように、総収入の把握については、給与所得者と自営業者とで違いがありますのでご注意ください。
(2)権利者と義務者の基礎収入を算定する
(1)で把握した総収入をもとに、権利者と義務者の基礎収入を算定します。
- 基礎収入…本人が得た総収入から、公租公課・職業費・特別経費の3項目を引いた残額であり、生活費として使用できる部分のこと
ニュアンスとしては、『可処分所得』に近いと言えるでしょう。
これら3項目の額は、当然ですが個人毎に様々です。ですから、昔の裁判所実務では、個別の資料から具体的な額を認定するやり方が採用されていました。
しかし、算定までにかなりの時間を要することになってしまいますので、法令・統計及び現代の一般的な実情を元に、概算がなされるようになりました。
ここでも、給与所得者と自営業者とでは算定方法に若干の違いがあります。
①給与所得者の場合
項 目 | 内 訳 | 総収入に占める割合 |
公租公課 | 所得税、住民税、社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料等) | 8%~35% |
職業費 | 被服費、交通・通信費、書籍費、諸雑費、交際費等 | 18%~13% |
特別経費 | 住居関連費、保健医療費、保険掛金、通信費等 | 20%~14% |
総収入に占める割合は、いずれも「低所得者」~「高所得者」という順番になっています。すなわち、法令及び統計的には、公租公課は高所得者ほど総収入に占める割合が大きく、職業費及び特別経費は高所得者ほど総収入に占める割合が小さい「傾向にある」ことになります。
これらの割合を基にすると、給与所得者の基礎収入は、概ね総収入の54%~38%となります。基礎収入割合は高所得者ほど小さい傾向にありますが、これはまさに所得税率などに採用される累進課税の影響と言っていいでしょう。
なお、総収入の金額ごとに基礎収入割合を細分化すると、以下表の通りとなっています。
総 収 入 | 基 礎 収 入 割 合 |
~2000万円 | 38% |
~1475万円 | 39% |
~1325万円 | 40% |
~725万円 | 41% |
~525万円 | 42% |
~275万円 | 43% |
~175万円 | 44% |
~125万円 | 46% |
~100万円 | 50% |
~75万円 | 54% |
<給与所得者の基礎収入割合(令和元年~)>
【出典】司法研修所編『養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究』p35
発行所:一般財団法人法曹会2019年
発行年月日:令和元年12月23日
②自営業者の場合
自営業者の場合は、総収入の把握の際、予め控除されているものや「課税される所得金額」に加算した項目の関係から、考慮する割合が若干変わります。具体的には、社会保険料と職業費に当てはまる経費はすでに控除済みとなっていますので、さらに所得税・住民税・特別経費を控除することとなります。
※(1)の②で、「医療費控除」、「生命保険料控除」、「地震保険料控除」を加算する根拠として『これらの控除については、基礎収入の算定の過程で、標準的な医療費が考慮されることになる』と述べた理由がここにあたります。
給与所得者と同様、法令及び統計を基にすると、自営業者の基礎収入は概ね総収入の61%~48%となります。
給与所得者と同様、基礎収入割合は高所得者ほど小さい傾向にあります。また、給与所得者の基礎収入割合と比べ全体的に割合数値が大きい理由は、総収入時点で一定の控除が行われている点にあります。
なお、給与所得者の場合と同様、総収入の金額ごとに基礎収入割合を細分化すると以下表の通りとなっています。
総 収 入 | 基 礎 収 入 割 合 |
~1567万円 | 48% |
~1482万円 | 49% |
~1179万円 | 50% |
~1046万円 | 51% |
~942万円 | 52% |
~784万円 | 53% |
~563万円 | 54% |
~496万円 | 55% |
~392万円 | 56% |
~349万円 | 57% |
~256万円 | 58% |
~98万円 | 59% |
~82万円 | 60% |
~66万円 | 61% |
<自営業者の基礎収入割合(令和元年~)>
【出典】司法研修所編『養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究』p35
発行所:一般財団法人法曹会2019年
発行年月日:令和元年12月23日
(3)子に充てられるべき生活費を算定する
基礎収入の算定ができたら、次に子どもの生活費を算定します。
子どもは、一般的に大人と同等の生活費まではかかりませんが、年齢によってもかかる費用は違うため、単純に構成員数で等分するのは公平ではありません。
①「生活費指数」について
そこで、どのような手法がとられたかというと、
- 生活保護制度で用いられている基準に基づき、子どもに最低限必要とされる費用(A)を算出する
- Aに平均的な学校教育費を考慮し加算する(B)
- Bが大人の生活費のどの程度の割合となるか整理し指数で示す
という手順を踏み、大人の生活費に対し、子ども生活費がどの程度の割合になるかを概算的に示しました。
なお、子どもの年齢区分は大きく「0~14歳」及び「15歳以上」という2つの区分に分かれ、それぞれの生活費指数は、
- 0~14歳:62
- 15歳以上:85
(大人を100とする)
と定められました。この2区分が用いられ、かつ15歳以上の生活費指数が高い理由としては、高等教育における学校教育費の負担が挙げられます。
②生活費指数を用いて基礎収入を按分する
①の過程で生活費指数が一律定められているため、指数を用いて、子どもの生活費を具体的に算定することになります。
計算式としては、
となります。「もし、先の生活費指数をもとに義務者の収入を分け合うとしたら、どれだけが子どもの分になるのか」ということを考えます。
「親は子に対する扶養義務がある」という文言を聞いたことがあると思いますが、この「程度」としては如何ほどのものになるでしょうか。
法律上において、親の子(未成熟子)に対する扶養義務は「生活保持義務」であり、「自分と同じ程度の生活を保障する義務」と解されます。親の子に対する扶養義務と同様、夫婦間の婚姻費用支払義務についても同等の義務とされています。
一方、似たような言葉として「生活扶助義務」があります。生活扶助義務とは、「自分の地位相応の生活をしてもなお余力がある場合に、その限度で相手方の生活を援助する義務」と解されており、当てはまるものとしては一般の親族間の扶養義務や、子の親に対する扶養義務、親の成熟子に対する扶養義務があります。この場合の生活水準は、相手方が最小限度の生活を立てられる程度で構わないと解されます。
以上のように、扶養義務と一口に言っても、2種類の定義があることになります。そして、親の子(未成熟子)に対する扶養義務は、互いに同程度の水準の生活が保たれなければならないとされる強い義務になるのです。
「子どもにまで自分と同程度の水準の生活をさせる必要はない」と思う方もいるかもしれませんが、法的な意味ではそれは大きな間違いです。
(4)権利者と義務者の基礎収入比により生活費を按分する
最後に、(3)で算定した子の生活費を、権利者と義務者の基礎収入比で按分します。そのようにすることで、義務者が負担すべき子どもの生活費(=養育費)が出てきます。
4.具体的な数値による養育費の算定
では、具体的な数値を用いた時に、養育費が実際に算定されるかどうかを試してみたいと思います。
具体例として、
という家族構成を用意します。妻が親権を獲得しつつ養育費を夫に請求するとします。
①算定表を用いた場合の算定額
具体的に計算する前に、算定表を用いた場合の養育費はどのようになるでしょうか。
今回の例の場合は、『子2人(第1子15歳以上、第2子0~14歳)』という表を使用します。
※表の具体的な見方は、既述の『2.算定表の見方』をご参照ください。
実際に表を確認すると、8万円~10万円の間を示しています。実際には、10万円に近いところを指していますので、約9万円台後半となる見込みです。
②計算式を用いた場合の算定額
では、実際に計算式を用いてみましょう。
まず、権利者と義務者の総収入をもとに、基礎収入を算出します。
- 権利者の基礎収入=150万円×44%=66万円
- 義務者の基礎収入=600万円×41%=246万円
次に、生活費指数を用いて、子ども(2人)の生活費を算定します。
最後に、子どもの生活費を権利者と義務者の基礎収入比で按分し、義務者の負担額(養育費)を算定します。
これを12ヶ月で按分すると、月額は約9万6116円(2人分)となります。
算定表を見た場合の見立てと同額が算定できました。
一連の計算を省略できるという意味では算定表は非常に便利ですが、額に争いがある場合には算定根拠が重要となりますので、どのようにして算定されるかを知っておく必要があります。
5.新算定表における「婚姻費用」の計算方法
では、婚姻費用の場合はどのように計算するかを確認してみます。養育費の場合と同様に、婚姻費用を請求する側を「権利者」、婚姻費用を支払うべき側を「義務者」といいます。
(1)権利者と義務者の総収入を把握する
総収入の把握については、養育費の場合と同様です。
(2)権利者と義務者の基礎収入を算定する
ここについても、養育費の場合と同様です。
(3)権利者側に配分されるべき婚姻費用を算出する
基礎収入の算定ができたら、婚姻費用を算定します。
算定にあたっては、養育費の場合と同様生活費指数を利用します。子どもの生活費指数は、同居している側に加えて計算することになります。
仮にこどもがいない場合には、指数部分は2分の1(100/200)になりますので、「基礎収入の合計を夫婦で折半すべき」という主張ができる訳です。
(4)権利者側の婚姻費用から権利者の基礎収入を差し引く
(3)で算定した婚姻費用から、権利者の基礎収入を差し引くことで、差額が生じることになります。その差額が、義務者の負担すべき婚姻費用として権利者が請求し得るものとなります。
なお、養育費のところでも説明していますが、夫婦の相互扶助義務についても、生活保持義務という強い義務が課されています。民法において、夫婦には「協力・扶助義務」が課されており、互いに協力して生活しなければならず、夫婦の一方が扶助を必要とするような状態になったような場合、他方は自分と同等の生活をすることが出来るようにしなければなりません。これは、婚姻関係が継続している限りは原則として守らなければなりません。
6.具体的な数値による婚姻費用の算定
では、養育費同様、具体的な数値を用いた時に婚姻費用が実際に算定されるかどうかを試してみたいと思います。具体例については、養育費の際と同様、
を用います。
(1)算定表を用いた場合
まずは算定表を用いた場合です。
婚姻費用用の算定表も、家族構成に応じていくつかに表が分かれていますが、今回の例の場合は、『子2人(第1子15歳以上、第2子0~14歳)』という表を使用します。
※表の具体的な見方は、既述の『2.算定表の見方』をご参照ください。
手順に沿うと、婚姻費用として請求し得る額は12万円~14万円と分かります。表の上では中間あたりを指していますので、おおよそ13万円という予測が可能です。
(2)計算式を用いた場合
では、実際に計算式を用いてみましょう。
まず、権利者と義務者の総収入をもとに、基礎収入を算出します。
- 権利者の基礎収入=150万円×44%=66万円
- 義務者の基礎収入=600万円×41%=246万円
(養育費の算定の場合と同様です)
次に、婚姻費用算定の計算式を用いて、権利者側の婚姻費用を算定します。
ここから、権利者の基礎収入を差し引くことで、義務者に請求し得る婚姻費用が算出されます。
- 224万0160円ー66万円=158万0160円(年額)
さらに12ヶ月で割ることで、月額辺り約13万1680円と算定できます。
養育費の場合と同様、算定表の見立てとほぼ同額を算定できました。
7.まとめ
ここまで、養育費及び婚姻費用の算定がどのように行われているか説明しました。
結論的なものとしては、
- 養育費や婚姻費用の額を知りたいだけであれば算定表の使用が便利
- 算定表でわかる額自体も、権利者及び義務者の収入を基に、ここまで説明した計算式が用いられている
というところになります。ただし、すでに説明している通り、基礎収入割合や生活費指数は、法令上の規定や統計をもとにした平均的かつ一般的な指標となっています。家族構成や生活水準及びその実態は様々であり、個別具体的な事情によって修正が必要な場合は有り得ます。
婚姻費用や養育費の請求についてお悩みの場合は、ぜひ、弁護士への相談をご検討ください。